Soraka-どうしてあなたはDraven-

「ちょ、ちょっと待って!」

 私は思わず叫んでしまった。どうしてこんなに傷だらけになってまで戦い続けるんだろう。

 目の前でひたすらに敵と殴り合うDravenを見ていると、こっちの胸まで苦しくなってくる。彼は自分の体のことなんて気にならないみたいに戦うから、癒しても癒しても生傷がたえることがない。

 待って、それはさすがにまずいんじゃ――あーあ、倒れちゃった。いくらホームで復活するとは言え、傷つけられれば痛いと思うんだけどなあ。

 そのまま押し切られて、黒星が一つ。今日も負けてしまいました。

 

 明日も試合があるので、私はしょんぼりしながら宿舎に帰って、暖炉の前のソファにドサリと倒れ込んだ。いつもならこんなだらしないことはしないんだけど、うまくいかない試合が多くて、どっと疲れてしまったのだ。

 ちなみにこの宿舎は、連続して試合があるチャンピオンのために作られたものだ。個人の部屋に、ジムや温泉みたいな設備もあって、みんなが居心地よく過ごせるように作ってある。よくわからない魔法技術で、ドアを開けたら滝があったときは驚いた。滝行でもするんだろうか。

 それにしても最近のDravenは、なんだか鬼気迫る感じがして近寄りがたい。相手を倒すことしか頭にないみたいだ。

 勝ちたい気持ちはわかる。私だってもちろん勝ちたい。だけど、それで一人でなんとかしなきゃって焦っても、いい結果はついてこない。負けが積み重なって、ますます焦っちゃうだけだ。

 でもそんなこと言ったって、きっと聞いてくれないだろうしなあ。いったいどうしたらいいんだろう。

 ソファに顔をうずめたまま唸っていると、いきなり声をかけられた。

「よう、バナナガール! こんなところでどうした?」

「その呼び方やめてあげなさいよ」

 顔をあげると、試合を終えたところらしいViCaitlynがこっちをのぞき込んでいる。

「二人ともおつかれさま。なんでもないの、ちょっと疲れただけ」

 そう言って笑おうとしたけど、眉尻が下がってしまって、なんとも情けない顔になってしまった。

「そうか? 紫色でも顔色ってちゃんと悪くなるんだな、お前ちょっと黒ずんでるぞ。そのままじゃ、ほんとにバナナみてぇに黒い斑点が……」

 言い終わる前に、バシンとすごい音がした。Viが「いってぇ!」と叫ぶ。

「あなたはほんっとにデリカシーないわね。生まれてくる性別間違えてるから、生まれなおしたほうがいいわよ」

「アタシも男に生まれてりゃあなって思ってるよ」

 うしろ頭をわざとらしくさするViに、思わず吹き出してしまう。Caitlynとしては不本意だろうけど、二人のコメディみたいなやりとりを見ていると、少しだけ元気が出た。

「心配してくれてありがとう。私お風呂はいってくるね」

 そう言って着替えをとりに部屋へ戻ろうとすると、「お、いいな。そんじゃいっしょに行こうぜ」とViに誘われた。ほんとは一人でゆっくりお湯につかって、考え事をしたかったんだけど、にっと笑って私を誘うViの顔を見ていると、断るのも無粋な気がする。

 まぁ、おしゃべりしながらお風呂に入るのも嫌いじゃないし、いっか。

「じゃあ私、いったん部屋に戻って着替えとってくるから、先に行ってて」

 私は二人にそう伝えて、自分の部屋に戻った。手早く着替えを準備してお風呂に向かう。

 部屋にはシャワールームがあるんだけど、この宿舎の大浴場には温泉があって、これがなかなか気持ちいのだ。せっかく泊まるんだからと、大浴場でゆっくりお湯につかるチャンピオンも少なくない。

 服を脱いでタオルを巻き付けてから浴場に向かうと、ViCaitlynの話し声が聞こえてきた。

「だから、湯船にはいるのはちゃんと体を洗ってからにしなさいって!」

「え~、めんどくせぇ~。いいじゃん、ぱぱっと流して入っちまえばよお」

「あのね、みんなあなたみたいにガサツなわけじゃないの。お湯はきれいに使いたいって人もいるのよ。ここがあなたの家なら、体を洗わなかろうが泥まみれだろうが関係ないけど、他の人も使うんだから!」

「へいへい、わかりました」

「まるで親子みたい」

 声をかけると、二人とも同時に振り返って「誰が!」ときれいにハモった。すごい、マンガみたいだ。

「二人がだって。Caitlynがお母さんで、Viがむす……めかな」

「お前いま息子って言おうとしただろ」

 じとっとした目でこっちを見てくるViを無視して、桶にお湯をためる。手をつけて温度を確認してみたら、ちょうどいい温度だった。お湯の温度まで魔法技術で管理しているんだろうか。

 肩からお湯をかけ流すと、体の表面を熱いお湯が滑り落ちていって、心地よさに鳥肌がたった。

「私たちは先につかってるわね」

「はーい」

 Caitlynたちが湯船にいってしまったので、私も手早く体を洗う。はやくお湯につかりたいし横着したい気持ちはあったんだけど、やっぱり体を洗わずに湯船につかるのは気がひけるし。

 さっさと洗い終わって湯船のほうでキョロキョロしていると、「こっちこっち」とViが手招きしているのが湯気の向こうに見えた。

 二人の隣に入ろうと、湯船にそろそろと足をつける。お湯は少し熱いくらいだったけど、これぐらいのほうが、つかっているうちにちょうどよくなるのだ。ゆっくりと肩までつかると、自然と口からため息が出た。

「くはぁ~」

 こうやってお風呂に入っていると、体だけじゃなくて心の汚れまで流されていくような気分になるから不思議だ。戻ってきた時はあんなに深刻だった悩みも、お湯にふやけてしまったようで、不思議と遠くに感じる。

「うまくいかないことがあっても、こうやってお風呂にはいってぼーっとしてると、なんにも解決してなくても楽になるのよね」

 Caitlynも同じことを考えていたのかなと思って、少しうれしくなる。

「私もいまそう思った。お風呂ってすごい」

 湯船のふちに頭をつけて上を見上げると、天窓から星がきらめく夜空が見える。昔はいろんなことを私に教えてくれて、どんな時でも導いてくれた星の声も、いまは聞こえない。

「ねえ、二人はなにか困ったことがあったときどうするの?」

 ぽつりと聞いてみると、「そうだなあ」とViが口が開く。

「食って、風呂はいって、寝る。それでもまだ困ってたら、真っ向勝負だな! 一晩寝ても解決しねえような問題は、忘れるか立ち向かうかしかねえんだ」

 そう言って手のひらにバシンと拳を打ち付けるViは、迷いなんて知らないみたいに頼もしく見えた。

「私はまずは調査ね。なにが問題で、それはどうやったら解決できるのか。解決できるとしたらどんな方法があるのか。一人でどうにもできないなら人の手を借りるわね」

 顎に手をあてて考え込むCailtynには、大人の女の落ち着きがある。きれいな髪の毛をまとめてタオルにたくしこんだお風呂スタイルでも、凛々しい雰囲気が漂っている。

「そっかぁ」

 いまの私は立ち向かうことも調べることも、なにもしていない。ただなんとかならないかなあって手をこまねいてるだけだ。でもこれって、星が自分を導いてくれていたときと何も変わってない。

 なんだか悲しくなってきてしょんぼりすると、「なにか悩み事?」とCaitlynに聞かれた。

「うん、ちょっと……Dravenがね、最近なんだか焦ってるみたいで、それで無茶して負けちゃうことが多くて。どうしてそんな風になっちゃったのかわからなくて」

 勝ちたいって気持ちが全身からにじみ出ていて、最近のDravenはちょっと怖い。ようやく打ち解けてきたと思ったのに、知り合ったころのギクシャクした関係に逆戻りだ。二人一組で動くことが多いのに、これじゃ勝てるものも勝てない。

 ううん、そうじゃなくて。勝てないことよりも、Dravenが一人でギスギスしていることがイヤなんだ。レーン戦してる最中も居心地悪いし、ほんとはもっと仲良くしたいのに。

「じゃあ本人にそう聞きゃあいいじゃねえか」

 Viは当たり前のように言い放った。

「だってそんなこといきなり聞けないよ」

「なんで」

「なんでって……聞きづらいじゃない?」

「聞きづらくねーよ、それはお前が勝手に壁作ってるだけだろ。自分から話しかけねえと、なんにも変わらねえぜ。それとも昔みてーに、お星さまにおねがい教えてって泣きつくのか?」

 挑発するように言われて、少しカチンと来た。

「わかった! わかりました! 今夜ちゃんと話す、それで解決してみせる!」

 鼻息荒く言うと、Viは私の背中をバシンとたたいた。素肌を直接たたかれると、背中がヒリヒリする。

「その意気だ」

 かっかっかと笑うViに、Caitlynはまったくもうという顔をしていたけど、何も言わなかったのはきっと彼女も話してみればいいと思っているからだろう。

 私はお湯を跳ね散らかしながら、勢いよく立ち上がった。

「よし、私やる! やるからね!」

「頑張って」

 応援してくれたCaitlynにむかって、一度力強くうなずいてから、私はお風呂を出た。

 

「う~ん……」

 そして二十分後、私はまた暖炉の前で唸っていた。

 勢い込んで出てきたものの、なんのとっかかりもなしにいきなり行くと思うと、怖気づいてしまったのだ。我ながらほんとうに意気地なしだ、Dravenの百分の一でも攻めっけがあればと思わずにはいられない。

 自分のことを卑下してもなんにもならないってわかってるけど、うじうじと考え込んでしまうたびに自分ってダメだなあと落ち込んでしまう。

 ソファの上で膝を抱えていると、Gravesが通りかかった。

「よう嬢ちゃん、どうした怖い顔して」

 声をかけられて、私はしかめっつらのままGravesの顔をじっと見た。Caitlynは悩んだら人に聞いたりしてみるって言ってたし、同じ男だし、もしかしたらなにか教えてもらえるかも。

「あ、あの!」

「なんだなんだ?」

 勢い込んでいきなり声を出した私に、Gravesは目を白黒させる。

Gravesもやっぱり試合で勝ちたいって思う?」

「そりゃあそうだ」

「勝とうって思うと必死になったりしない?」

「そりゃあなるな」

「あの、えっと……ちょっと待って」

 自分でも何が言いたいのかわからなくなってしまった。どう聞いたらいいんだろう。正直に「Dravenの勝ちたいオーラがすごくてうまくいかないんだけど、なんでだと思う?」って聞いたらいいのかな。

 混乱していると、Gravesのほうから「ははん、さては嬢ちゃん、相方のことで悩んでるな」と助け船を出してくれた。

「そう、なんです。なんだか彼、すごく勝ちに執着するようになっちゃって。それでいまあんまりうまくいってなくて、話したいんだけどなんて話していいかわからなくて」

「そうさなあ。女にゃ難しいかもしれねえが、男ってのはどうしようもない生き物でな。金だとか腕っぷしだとか権力だとか、そういうもんで飾り立てねえと自分に自信が持てねえのよ」

 Gravesは、したり顔で語りだした。

「それでよ、男がそうやって自分をよく見せたがるのは、だいたい女の前なのさ。いいとこ見せようとしちまうんだよなあ。だからお前さんは話を聞いてやって、そんで二人いっしょに頑張ろうってことを言ってやればいいのさ。二人で、ってとこを強調しとけよ。そうすりゃさすがに一人で突っ込むようなことはなくなるだろ」

 そう言ってニヤニヤと笑う。なんだか面白がられているようで、面白くない。

「まぁそう頬を膨らますなよ、おっさんからのアドバイスはありがたく受け取るもんだぜ。じゃあな」

 キザっぽく手をひらっとふってGravesは部屋に引き上げてしまった。暖炉の前のソファには、また私一人。

 こうやって膝を抱えていても仕方ない、とにかく今日できることをしよう。

 私は立ち上がって、Dravenの部屋を目指した。

 

 ドアの前で深呼吸。うう、よく考えたら人の部屋を一人で訪れるのなんか初めてだから、緊張する……。

 遠慮がちにドアをノックすると、「おう」と短い返事がかえってきた。おそるおそるドアを開ける。

Soraka? どうした急に」

 ぶっきらぼうに言われて怖気づきそうになるのを、なんとか我慢する。

「あのね、ちょっと話したいなって思って」

「そ、そうか? まあ入れよ」

 Dravenの部屋は思っていたよりもずっと簡素だった。机とイスと、大きめのベッド。部屋の隅っこでは冷蔵庫が低い音を立てながらうずくまっている。もっとこう、自分の写真とかポスターをデカデカと壁に貼ってある派手な部屋を想像していたから、意外だった。

 どこに座っていいかわからなくて所在なく立っていたら、Dravenが「まあ座れよ」とイスを出してくれた。おとなしく座る。

「えっと、話っていうのは、最近の試合のことなんだけど……」

「悪い!」

 話を切り出した途端に、いきなり謝られた。

「えーっと……?」

 困惑して首をかしげると、Dravenは頭の後ろをがしがしとかきながら、「ほんと悪い」と繰り返した。

「最近、プレイが雑になってるって言いたいんだろ? その通りだよ、つい突っ込んじまって倒れるばっかりだ。明日はうまくやるからよ、勘弁してくれねえか?」

 その言い方に、私はなにか引っかかった。全部自分が悪いって一人で全部引き受けて、私になにも話してくれないのは、結局一人でプレイしてるのと変わらないような気がする。

「どうしてそんなに焦ってるの?」

 ポロリと本音がこぼれた。

「どうして一人で戦おうとするの、私だっているのに。なんでも一人でしようとして、それじゃ私なんていてもいなくても一緒じゃない」

 話しているうちに感情が高ぶってきて、目の前がにじんできた。おさえきれなかった涙がぽろぽろとあふれ出す。

「だあぁ! 悪かったって! なんで泣くんだよ、たかが試合でよくいっしょになるだけのパートナーだろ、そこまで思い入れることねえじゃねえか」

 Dravenが焦って、私の頬を親指で拭う。手の温かさが、なぜか余計に悲しかった。

「ごめんなさい、私も泣くつもりはなかったんだけど……人が傷まみれになりながら戦うのを見るのは、悲しいから。傷は癒せても、痛みを感じないわけじゃないでしょう? 無茶な戦い方してほしくないの」

 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら話す。Dravenの話を聞いて楽になってもらうために来たのに、私が泣いてどうする。

 Dravenは黙ったまま、額にしわをよせていた。

 何も言ってくれないのかな。

 そう思った矢先に、彼は口を開いた。

「いいとこ見せたかったんだろうなあ」

 私が顔をあげると、Dravenは照れたように笑っていた。

「今までいろんなやつとコンビ組んできたけどよ、みんな仕方なく俺と組んでるだけだってのがなんとなく見え透いてたんだよな。でもお前はそんなことなくて、俺のプレイをちゃんと見て、いつもついてきてくれた。それでよ、いいとこ見せなきゃって思って、焦ってたのかもな」

 すごい、Gravesの言った通りだ。

「だったらさ、二人でいっしょに頑張ろう!」

 私はそう言って、Dravenの手をとる。

「私たちパートナーなんだし、一人じゃ勝てるものも勝てないよ。だから、いっしょに頑張ろうよ。いいとこ見せようなんてしなくてもいいよ、私はDravenがちゃんと強いの知ってるから」

 言いながら、自分の言葉がしっくりとおさまるのを感じた。私は一人で戦おうとするDravenの背中を見るのが、さみしかったのだ。だからいっしょに戦おうと言いたかったのだ。

 Dravenはなぜか顔をそらしながらだったけれど、「お、おう……わかった」と言ってくれた。

「明日はぜったい勝とうね!」

 ぎゅっと力をこめて手を握ると、Dravenはびくっと背筋を伸ばして、「そうだな!」と答えた。声が途中で裏返ってるけど、また気負いすぎなんじゃないだろうか。

「じゃあまた明日、おやすみ」

「おう」

 返事はぶっきらぼうだけど、私はたしかな手ごたえを感じていた。ちゃんと話して、自分の気持ちも伝えられたし、もしも明日負けたって後悔はないと思う。

 雲が晴れてきれいな星空が広がっているのを見つけたときのような、すっきりした気持ちだった。

「それにしても、なんだか最後のほうのDravenは変だったな。きっと心構えがかわったからだよね」

 私はごきげんになって、月明りがこうこうと照らす廊下を、自分の部屋に向かって鼻歌をうたいながら歩いて行った。

 

 

 一方そのころ、Dravenは机に突っ伏して、ぼんやりと自分の右手を見ていた。手のひらには、まだSorakaの手のぬくもりが残っている。

「あいつ、パートナーだのなんだのって、能天気なこと言いやがって」

 Dravenはぎゅっと手を握り締めた。

「いきなり人の部屋に来たと思ったら泣き出すし。かと思ったらケロッと泣き止んで、次の瞬間には笑ってやがる。まったくなんなんだ」

 そうひとりごちると、顔を思いっきりしかめて見せた。それからため息をついて、握り締めた手を開く。

「だいたい夜になってから、男の部屋にいきなりくるやつがあるかよ! こっちの気も知らねえで!」

 

 Sorakaは問題を一つ解決したが、どうやらすぐに次の問題が待っているようである。

 二人のリーグは、まだ始まったばかりだ。